青木ルーツ掲示板
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  [No.476] Re: 函館の青木さん
     投稿者:福管理人   投稿日:2009/04/23(Thu) 22:22:33

始めまして 函館の青木さん

ようこそ青木サイトにお越し頂きました。
これからも宜しくお願いします。

このサイトは青木氏に関する事に付いて多くのレポートが用意していますので参照して下さい。

先ず、家紋掲示板の現在4Pの下から2番目に柏紋の事に付いてレポートしています。
また、青木氏氏 研究室の「青木氏と血縁族」(家紋)のところに柏紋の事を書いています。
また、陸奥の国の出であるとすると青木の地名地形データーベースにも土地の事でレポートしています。

さて、お便りの情報では時代性が新しくて難しい判断と成ります。

それと、ルーツを判断出来るほかに情報をお持ちではありませんか。

先ずその前に質問させてください。
陸奥の国では何時から陸奥の国に在住していましたか。出来るだけ古い情報をお確かめください。
浄土真宗ですが、そのお寺は何処でしょうか。
お家は本家ですか。
元は武士ですか、漁民、農民、商人、ですか。1780年というと廻船問屋の支配人だとすると商人となりますが正しいですか。
浄土真宗は何時からですか、また、菩提寺(江戸中期以前のご先祖の代々のお寺)でお家のお墓でしょうか。
もし、あるとして、過去帳の一番古い人は何時頃の人でしょうか。現在のお寺に過去帳がありますか。
氏神はお持ちでしょうか。代々同じ神社ですか。

追記で、”1740年に 青森県東津軽郡蓬田村 阿弥陀川村から北海道の江差町で漁をしてもどった。”とありましたので、漁民であると云う事に成ります。
”寺での詳しい事も過去帳も判らない”ともありましたので、氏神、菩提寺は基本的無いと言うことに成ります。

230年前頃の江戸時代ですので漁民(商人)と成ります。先ずはこれを基として検証しますと、
当然、普通では、江戸時代の漁民(商人)は苗字と家紋は持っていません。
また、村の人別帳には載りますが、ルーツを確認出来る継承はしていませんのでルーツを辿ることは出来ません。また同時に、武士や特別な人(庄屋、名主、豪農、郷氏、郷士、豪商:これ等は元は武士)以外はお寺の菩提寺の過去帳には載りませんので代々のご先祖は確認出来ません。
武士や貴族以外は戸籍を遺すと云う歴史上の習慣が無かったということです。
そうすると、過去帳に載らない人々は家紋と苗字をもつ事を許されず、また、その習慣が無かったので家
紋の「丸に三つ柏紋」は当然に明治に持った事に成ります。
古来より、人は国に所属するものとして考えられ、国より自由に外に出ることは「国抜け」と云う掟があり全子孫抹殺の重罪でした。この掟は江戸末期まで続きました。

そこで、この紋は神紋です。青木氏の神官職です。そして、この神官が各地の神官と血縁をしてこの家紋が江戸末期から明治期に拡がりました。
というのは、古来奈良時代より青木氏は独自に寺と神社を持つ事を許された氏です。
一族の中で独自で神官を勤めました。柏紋の青木氏はこの一族一党と成ります。
ここで矛盾が生まれます。江戸中期にはl漁民(商人)でしたので、身分が決まっている時代では当てはまりません。
ですから、漁民(商人)と家紋から先ず普通に考えられる事は、ルーツを確認出来る基となる過去帳のようなものが無いと思いますのでルーツの確認は無理と思います。
昔は戸籍はお寺か又は神社が行いましたの過去帳が戸籍簿に成っていました。

青木氏には、皇族賜姓青木氏5家5流29氏と藤原秀郷流青木氏直系1氏、直流4氏と支流4氏 計9氏と116氏により成り立っています。
これ等の氏の宗派は浄土宗です。浄土宗の特長です。
これ以外の青木氏は過去帳に記載が無い明治3年の苗字令と江戸初期の混乱期と室町末期の戦乱期の3つ時期に発祥した青木氏です。

青木氏は上記2氏以外(真人、朝臣族、特例宿禰族)は嵯峨期の詔で使用は禁止されていました。明治3年まで上記3期を除いて原則守られました。
これ等の史実のレポートは「青木氏氏 研究室」に詳しくレポートしています。

追記内容で、以下のことは確認出来ました。

漁民(商人)、家紋、宗派、1740年の件と1780年の北海道から見て、明治3年期の青木氏であると考えられます。よって、ご先祖のルーツは物理的に確認出来ません。

追記のお尋ねの”国は何処ですか”に付いて、昔は現在と違い国を許可を得なくては勝手に出ることは重罪ですので、また農民と漁民は特にでしたので、ご先祖のお国は代々追記の通り陸奥の国です。

追記がありましたので、以下お答えから抹消し参考とします

参考
上記の確認のご質問によりお答えは変わりますが、
青木氏は上記2氏の特別な氏名でしたので、この3期には寺に金品を渡して詔に反して偽の系譜を作って青木氏を貰い役所(明治前は寺社)に届け出ました。(この氏には矛盾があります)
一度に青木氏が定住する所の各地で突然村が全部青木氏や藤原氏を名乗ると云うことが起こりました。
当然に、この陸奥の国でも藤原秀郷流青木氏が定住していましたのでこの現象が起こりました。)
上記2氏一族に付いては詳しくレポートしていますのでお読みください。
(これ等のことを確認するために上記のご質問させて頂きます。
実は、陸奥国には藤原秀郷流青木氏が発祥していますので、3期の青木氏か藤原秀郷流青木氏かの確認が取れません。しかし、柏紋は主に皇族賜姓青木氏です。宗派も違います。
矛盾がありますので上記のご質問情報を確認して検証する必要があります。)



関連するレポートをお読みになってご質問や不明な点がありましたら、ご遠慮なくお尋ねください。
お待ちしています。

ただ、次ぎの2点の可能性があります。
鎌倉初期に陸奥の国の青木氏であった可能性があります。(歴史的な事件があった。)
本家筋で神官職との関わりがご先祖にあったかです。(歴史的史実がある)

では、先ずは、上記の2点の事で判る範囲で結構ですから、ちょっとしたことでもお判りになったら、先にREでお便りください。順次、お答えして行く過程で以外に判る事が多いのです。

ではお待ちしています。

          



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