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[14267] 大城冠椿
福管理人
2017/03/23 12:21 - パソコン
 我家には、椿では最大の大きさの花があります。
この花には、ある歴史があって、御三家の名古屋城の城主が椿が大変好きで、出入りの植木屋さんと新種を開発していました。

そして、大変な努力の結果、遂には大椿で真紅と云うよりは黒味のある八重の椿を作り出したのです。

これを「門外不出」として城内で育てていました。

ところが、いつの間にか外に出て仕舞って広がりました。
そんな事もあって大変珍しい椿なのです。

中にはマニアが作ったと思われますが、「白の斑入りの大城冠」が観られます。
我家の大城冠はこの二つがあります。
近寄り難い程の可成りの「古木」なので、恐らくは、「斑入り」は家で作り出したのだと思います。
その元は、推測ですが、尾張の御三家から紀州家を通じて拝領したしたものかなと思います。

この「ひまわり」の様な「大城冠」は、大き過ぎて満開に成ると日差しも届かぬくらいです。
そして、大変、「威圧的」で、「迫力」があり、鳥や虫があまり「蜜」を吸いに来ません。
それは、我家では庭に住み着いた「鵯」のみが占領するからでしょう。
他所からの小鳥や鵯は来ません。


鳴く鳥も 日差しも届かぬ 大城冠

それだけに、「接ぎ木」では無く、「挿し木」や「種」では広がり難い椿でもあるのです。

椿の手入れの基本は新芽の枝には三本の指の様に出ますが、必ずこの「三枝」をどの様に処理するかで決まります。
従って、この三枝の真ん中の枝を剪定すれば花芽が付きます。
そして、真ん中の枝の「成長枝」を遺せば木は強く大きく成り花は咲きません。
この原理に従っています。
取り分け、この原理であると「大城冠」は無理に作り上げての椿である事が判ります。

この世の事も、何事もこの「大城冠椿」の様に象徴しているかなと思います。
その状況を花に託して詠みました。

無理に良いものを創ってもそれには脆さも潜むのでしょう。


写真館にありますので、観てください。

花が大きいので、木もなかなか手入れが難しいのです。

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[14266] 山桜
福管理人
2017/03/21 16:48 - パソコン
 いつも観ている筈の山なのですが、今日、観ると何時もの様にいつもの所にいつもの山桜が咲いているのです。

昨日、観た時は、確か咲いていなかった筈なのに、不思議な気持ちに成りました。

桜は、取り分け、山桜は突然に開花する癖があるのです。
実は山桜には、そめい吉野桜と違って,多くの特徴があるのです。
葉と花が同時に開くのです。
そして、同じ山桜でも木に依って色々と色が違うのです。
咲き方も違い、ばらばらと咲く木や一斉に咲く木もあります。
つまり、個性的なのです。

吉野山の峰伝いに拡がる熊野の路の山も山一面は山桜で、この山桜の子孫だと思います。

この何時もの「山桜」を皮切りに「親」に従う様に一度に山は山桜に成ります。
この峰の山桜の木を観ていると季節の変化が判るのです。


ふと観ると もう咲く峰に 山桜

樹齢も150年以上はするらしく、近所の人も含めて、何か「地域の安心感」を与えてくれる「生活の標準木」の様な木なのです。

「平凡な喜び」を感じた一瞬です。

「山桜」の様に、突き詰めると「人の世」も同じですよね。

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[14265] 挿し木椿
福管理人
2017/03/18 10:02 - パソコン
 椿には沢山の種類があります。

命名されているので、200位以上はあると思います。
ところが、この椿には、接ぎ木、挿し木、種木、等の方法で、自分の好きな花を作り出すマニアが大勢います。

その中の一人として、毎年、新種を作ろうと頑張ります。
新種の思う花をつけるまでには時間が何年とかかるのです。

その時の喜びは大変なもので、やって見ないと解りません。

私は、真っ白な藪椿を造りたいとして挑戦してきました。

何とか、思う椿がやっと出来ました。
その椿が、「白山椿」と云う椿によく似ている椿です。

藪椿系は下向きの大花を付けます。
ところが、私の白山椿系の藪椿は上を向いて咲きます。

太陽に向かって朝に咲くのです。

そこで、一句

挿し枝の 白山椿 日と競う

名前の未だ無いこの椿の花の真っ白な勢いがなんとも可憐で、太陽に立ち向かうかのような凛としたところが気に入っています。

挿し木で初めて咲いた花です。
処女花です。

子供の成長過程で、ハイハイから立ち上がった時の喜びと似ているのです。

写真館に掲載しています。


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[14264] 青石と水仙
福管理人
2017/03/03 10:38 - パソコン
 青石は庭石としてよく使われます。

この石は石灰質が強く、粉にするとセメントにも成る石で、温度、湿度、雨、等に依って「七変化する石」と云われていて、庭石としては高級で、枯山水によく使われます。
この青石も、畳二畳もある平石から見上げる様な大石としてもあります。

環境に良く溶け込む石です。
七変化で趣を大きく替えますので見ていても楽しい石なのです。
石に楽しみが出る石は他には余りありませんよね。

山地は熊野古道の紀州です。

そこで、一句

青石に 溶ける水仙に 朝日かな

朝のしっとりした湿気が青石の庭石に色合いを水仙に合わせているのです。
水仙の色合いが青石に融合して水仙が吸い込まれて一体と成っているのです。
其処に、弱い朝日が当たっているのです。

表現が実に難しいのですが、肩の力を抜いて素直に俳句にして見ました。

この時の様子を写真館に投稿しています。

水仙の香りまでが引き立てています。 

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[14263] 水仙
福管理人
2017/03/01 10:37 - パソコン
 朝の10時頃にいつもの様に庭に出ます。
今日は大変に天気が良く、少し霧がかっています。

水仙が咲き始め、静かな庭には澱みも無く嗅ぐわかしい香りが立ち込めています。

この水仙の存在を誇張する事無く、自然に溶け込んで一つの様に成っている雰囲気なのです。

山郷の谷間の裾に佇み溶け込んだ「古家の庭」です。

先祖から受け継いだ「古家の存在」がそもそも自然に溶け込んでいるのです。

谷間の音さえも聞こえる山裾全体に組み込まれた「庭の枯山水」なのです。

その時、水仙が咲いたのです。
頭もすっきりとしていて浮かんだ一句です。

朝の日に 溶け入る水仙 庭山水


何とか維持していますが、中々、熊野古道と云えどもこのような環境は無く成りました。
平安期には、多く歌を詠まれた地域である事が良く判ります。

昔は、これが当たり前であったのでしょう。

これでは、「人」は変わりますよね。何所まで変わるのでしょうか。

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[14262] 目白
福管理人
2017/02/25 12:04 - パソコン
 筆者も、お茶を飲んでゆっくりと”よいしょ”と全身に力を込めて「家の朝の庭仕事」に出ます。

そうすると、「庭の小鉢」の方に、「目白のさえずり」が聞こえてきました。

この「庭の小鉢」は、取り分け「生活の道具」では無く、「枯山水」の「庭の趣」を出す様にと置いていて、その周りには、湿気を必要とする花菖蒲などが植えられて群生しているのです。
この「小鉢の水」は、「雨水」がたまったもので、この「雨水」を小鳥などが飲みに来る様にしたものなのです。
そこで観た趣のある景色です。


日溜りの 小鉢に撮る 目白かな


この小鉢に「朝の日」が木樹をすり抜けて当たっています。

其処に先ず、この庭を先取した「目白の家族の集団」が、毎日の定期的な習慣として「小鉢の水」を飲みに来ているのです。

先ず、若手のメジロが小鉢の縁に降りて辺りを警戒して後に落ち着いて水を飲むのです。
この時、全く警戒心を無くした「目白の影姿」が「水面」に撮っているのが見えています。

何とも云えない「朝の静けさ」とその「平和さ」を感じた一瞬でした。

目白は順番に隣の木から入れ替わり降り来て飲むのです。
終わると、その家族の一団は何所かえ飛び去ります。

入れ替わり、「他の小鳥」が来るのですが、何か「時間の順番」が決まっている様です。
中には、昼前には「猫やカラス」なども来ています。

これも「自然の摂理」なのでしょう。

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[14261] 実椿
福管理人
2017/02/22 12:06 - パソコン
 毎日の寒空の中の散歩路です。

先日まで、「長い垣根の椿」が花をこれぞばかりに咲かしていました。
それを観るのが楽しみに散歩をしていました。
ところが、「花」が終えて今度は「実」がなる「椿」に変わりました。

観方に依れば、「花椿」も善、「実椿」も善です。

初老の感覚は、柔軟です。

庭仕事が毎日の趣味の私には、これも「楽しみ」になるのです。

生垣の みのる椿と 散歩かな

実や接ぎ木や挿し木で「新しい椿」を作るのが趣味で、長い時間をかけて出来上がる時の喜びは、何物にも代えがたいものなのです。

ですから、散歩道の椿にも愛着が生まれます。
散歩道の椿にも、交配で突然変異の椿が出る事もあるのです。

「実椿」は花椿と同じなのです。

「人生の苦労」も同じではありませんか。



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[14260] 蝋梅
福管理人
2017/02/19 10:54 - パソコン
 梅の香ぐわかしい香りが漂う時期と成る前に、梅によく似た花が咲きます。
中国産で、蝋の透き通る色合いの黄色の透明な花が日差しに照らされて咲きます。

「唐梅」とも云われます。
実に真っ青な空に良く似合う花です。
その意味からも、「唐」を真似て「空梅」としても使われる事もあります。

一見すると、黄色の梅かと思える木です。

この花は、1月から2月に掛けて咲きますが、梅の少し前に咲く花です。
その意味でも、梅で感ずる春を知らしてくれる花として親しまれています。

そこで、一句

  早梅か そよ風香ぐれば 蝋梅や

あっ もう梅が咲いている 春だなと思いきや 漂って来る香りが違います。
よく見ると、蝋梅であったかと気が付きます。
そして、真っ青な青空に映えるその黄色の色に見とれる瞬間です。

写真館に投稿しています。

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[14259] フリージャー
福管理人
2017/02/16 10:36 - パソコン
 毎年、私の庭では水仙が咲くころに競ってフリージャーが咲きそろいます。

薫風の頃の出来事です。

当に”出来事”なのです。水仙の香りが庭中に漂います。
その水仙の量は、毎年増え続けるだけでは無く種分けもしなくてはならないからで、ただものではありません。
そこに、一坪くらいの処に、フリージャーも植えています。
そして、「草蒸れ」も混じって、フリージャーの香りと水仙の香りが入り混じって競っている様です。

そこで、一句、

追風に あさぎ水仙 香り立つ

このフリージャーは和名で、”あさぎ水仙”と云います。
水仙の仲間ではありません。

水仙の日本らしい気品高い甘い香りに比べて、あさぎ水仙は熱帯の甘い親しみ深い香りがします。
「草蒸れ」の香りと「水仙」と「あさぎ水仙」の三つが入り混じることなくそよ風にかわるがわる漂ってきます。

ソメイヨシノの桜の咲く少し前の出来事です。この下の草花の出来事です。
後を引き続きラッパ水仙なども共演します。

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[14258] こでまり
福管理人
2017/02/13 10:18 - パソコン
 庭のウバメガシの周囲の垣根に沿って 真っ白な”こでまりの花”が満開です。
田舎のためか相当長い垣根です。
傍には、熊野神社の社領の「第一の鳥居」のある「熊野古道」が通っています。
ここから本格的な歴史に残る平安時代の熊野古道の山道が始まります。
海が見える高台の家の前で、「柿本人麻呂」が「てるてる姫」に送った和歌が遺っています。
そんな、静かでしっとりとした海を見下ろす高台の環境です。

こでまりに 朝雪光る 思いかな

ある天気の良い朝、窓を開けると目の前に雪が降ったのかなと一瞬思いました。

それまではちらちら程度であったのに天気が良かったのか余りに目の前の一面が真っ白であったからです。
そして、そこに朝日が当たって余計に白が引き立っています。

雪が降る筈がないのに”雪だ”と思ってしまう「不思議さ」です。
若ければ、味わない不思議な感覚に”年をとったな”と思う一瞬でした。

でも、表現が難しいのですが、「幸せ感」も混じった感覚でした。

写真館に掲載しています。

御意見や俳句が在りましたら投稿ください。

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[14257] 万両
福管理人
2017/02/09 09:33 - パソコン
 今日は万両です。但し、花の万両です。
50センチくらいの背丈の花木で先端には赤い5ミリ程度の真っ赤な花実を着けるのです。
それが束に成って下向きに着くのです。
これがきれいなのです。

上向いて着けるのが千両ですが、庭の片隅や漆喰の白の壁の傍や、その壁下の「水が溜まる小鉢」などの傍に植えられているものです。

そこで一句です。
私の「毎日の庭仕事」は夕焼け等の「日暮れの合図」で仕事を打ち切ります。


夕日受け 庭の万両 影二つ

真っ赤な夕焼けの日が、真っ赤な万両に当たり、それが後ろの漆喰の白壁に影として映り、赤っぽい「万両の影」が出来ています。

その影が、「夫婦」の様に二つ寄り添って映っているのです。

それを観て、「夫婦の人生」の「終」とは、この様なものかなとふと思ったのです。

万両は、余り自ら趣を醸し出すものでは無く、周囲との「融け込み」で趣を醸し出します。
元々、水気の多い山の谷間の日陰にある物で、よく自然美を求める「枯山水」に用いられる草花です。
目白等の小鳥が実を食べに来て、傍の水鉢の水を呑んでいます。


万両は写真館に投稿していますのでご覧ください。

万両、千両は万両科、百両はカラタチバナ科、十両は藪こうじ科、一両のありどおし科 があります。




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[14256] ヒヨドリ
福管理人
2017/02/04 15:31 - パソコン
 毎日、山懐に包まれた静かな田舎道を散歩をしています。

何時も通る路の為か慣れて仕舞って、周りの情緒の変化が入ってきません。

ある日、この散歩道をゆっくりと歩いていると、突然に、鵯(ひよどり)が、ビィー、ビィーと甲高い声で、山裾の山間の谷間に叫ぶように鳴いたのです。
そして,それが、やまびこに成って響いています。

ひよどりの 響くこだまと 今日の路

何時もなら,何の気なしに通り過ぎるのですか、今日は何か変で、天候なのか、空気なのか、自分の気分なのか、判らないのですが音楽の様な響きで聞こえるのです。

人生って、不思議な事が起こる様に、この時、若い頃の事を思い出しました。

老の散歩路の一瞬の出来事でした。




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[14255] 金木犀
福管理人
2017/01/30 10:03 - パソコン
 写真館に写真を投稿した時には、思い出に成る為に下手な俳句も詠んでいます。

今日は、庭の草取りに勢を出して、一呼吸した時の事です。

そろそろ、やめようと思ってゆっくりと立ち上がった時の事です。
それまでは何の気もせずにいたのです。

気が付いてみると、夕日が差し、その茜色の日差しが「金木犀」に当たり、何とも言えない心が落ち着ける深い色合いが眼に入ります。
ところが、この花の咲く金木犀に緑のメジロが鳴き叫んでいるのです。
何とも言えない色と光と雰囲気の調合です。

いいまでにもよくあった景色なのに新鮮で清々しい気持ちに成ったのです。
極楽浄土とはこの様なものなのかなとふと思ていました。


夕日差す 金木犀に 目白かな

熊野古道沿いの山裾の枯山水の庭に起った普通の出来事です。
(目白は三季と云われてます。)

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[14254] 連翹
福管理人
2017/01/27 11:14 - パソコン
 又、投句します。

何時も庭の手入れをしています。

この句は、主にどこでも庭の隅に植えられている珍しい庭木です。

枝の手入れは毎日の私の仕事です。何時も観る庭の景色なのに、片隅に黄金色の景色を見て、ふと思い出したのです。

父母思う 一期一会の 連翹かな

この連翹(れんぎょう・いたち)と云う木は、別名 いたち草とも云われ、イタチの毛色に似た花を枝が観えなくなるほどに満開に咲かせる花なのです。

何故,木なのに草なのかと云うと、この木は枝を長く柳の様に伸ばして地面に届くほどに延びます。
そして、地面に届くと根付きが興り、そこから芽を出し、又、「孫木」と成り成長するのです。
この様に草の様な性質を持っているので「草」と呼ばれているのです。
ところが、現実には、この枝を剪定しないと花は満開には成りません。
そして、この木の花の色は、当に黄金色で花の咲くころは葉を付けません。

これは、「人の輪廻」と同じ性質を持っている事から、「仏木」と呼ばれ、木蓮や泰山木の様に、仏の宿る木樹として扱われています。

寺などに観られる木樹です。
私は、父母との一期一会の為に、毎年、剪定をします。
この花が咲くと、父母がこの木に、又、今年も私たちを観に宿ったと懐かしく何時も思いだすのです。

そもそも、その様な趣を醸し出している木なのです。

青木氏氏の写真館に掲載しています。

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[14253] 山茶花
福管理人
2017/01/23 11:56 - パソコン
 青木氏氏の写真館の写真を撮った時に、合わせて俳句を作ったのです。

これを、又、投稿します。

  木漏れ日の 白の山茶花 生き返る。

庭の白の一重の大山茶花が、曇り空の中で 何となく死んだように元気が無いように見えていました。

ところが暫くすると、突然に日差しが現れ、その白い発光が山茶花の枝間を通して、まぶしい程にきらきらと光ります。

この白光が何と白の山茶花の花に当たり、まばゆい程の山茶花に見えたのです。
そして、その時、大輪の白の山茶花の花は生きかえった様に観えたのです。

「御来光」とはこの様な有様を云うのだと思います。

当に、諸行無常の喜怒哀楽の人生の一幕を観た様な気がしました。

”現世は諦める事は無い。人生には必ずいいことがあるよ”と。 

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[14252] 山茶花
福管理人
2017/01/21 11:45 - パソコン
 趣向を変えて俳句をつぶやきます。

   山茶花の 花のジウタン 朝の風   

下手ですが「私の人生観」を語っています。
初老の私の散歩中の出来事です。

個人的に山茶花や椿がすきなのです。
この花の持つ憂いを込めて何となく華やかで寂しげな情緒が好きなのです。

冬の朝の出来事です。
毎日、「散歩する景色」ですが、「山茶花」が「満開」が過ぎ、その「花びら」が、散歩路にバージンロードの様に赤いじゅうたんを敷き詰めた様に成っています。
そして、それが、心無くも朝の厳しい寒い風に舞い上げられています。

満開だった「垣根の赤」と、今度は「路の赤」に違和感を覚えながら歩いています。

その中を通る自分に照らして、突然に「過去の事」を思い出して、この「繋がる景色」が「初老の自分の人生」に似ている様に思ったのです。



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青木氏氏を お知り合いの青木さんに 紹介してください。