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[14261] 実椿
福管理人
2017/02/22 12:06 - パソコン
 毎日の寒空の中の散歩路です。

先日まで、「長い垣根の椿」が花をこれぞばかりに咲かしていました。
それを観るのが楽しみに散歩をしていました。
ところが、「花」が終えて今度は「実」がなる「椿」に変わりました。

観方に依れば、「花椿」も善、「実椿」も善です。

初老の感覚は、柔軟です。

庭仕事が毎日の趣味の私には、これも「楽しみ」になるのです。

生垣の みのる椿と 散歩かな

実や接ぎ木や挿し木で「新しい椿」を作るのが趣味で、長い時間をかけて出来上がる時の喜びは、何物にも代えがたいものなのです。

ですから、散歩道の椿にも愛着が生まれます。
散歩道の椿にも、交配で突然変異の椿が出る事もあるのです。

「実椿」は花椿と同じなのです。

「人生の苦労」も同じではありませんか。



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[14260] 蝋梅
福管理人
2017/02/19 10:54 - パソコン
 梅の香ぐわかしい香りが漂う時期と成る前に、梅によく似た花が咲きます。
中国産で、蝋の透き通る色合いの黄色の透明な花が日差しに照らされて咲きます。

「唐梅」とも云われます。
実に真っ青な空に良く似合う花です。
その意味からも、「唐」を真似て「空梅」としても使われる事もあります。

一見すると、黄色の梅かと思える木です。

この花は、1月から2月に掛けて咲きますが、梅の少し前に咲く花です。
その意味でも、梅で感ずる春を知らしてくれる花として親しまれています。

そこで、一句

  早梅か そよ風香ぐれば 蝋梅や

あっ もう梅が咲いている 春だなと思いきや 漂って来る香りが違います。
よく見ると、蝋梅であったかと気が付きます。
そして、真っ青な青空に映えるその黄色の色に見とれる瞬間です。

写真館に投稿しています。

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[14259] フリージャー
福管理人
2017/02/16 10:36 - パソコン
 毎年、私の庭では水仙が咲くころに競ってフリージャーが咲きそろいます。

薫風の頃の出来事です。

当に”出来事”なのです。水仙の香りが庭中に漂います。
その水仙の量は、毎年増え続けるだけでは無く種分けもしなくてはならないからで、ただものではありません。
そこに、一坪くらいの処に、フリージャーも植えています。
そして、「草蒸れ」も混じって、フリージャーの香りと水仙の香りが入り混じって競っている様です。

そこで、一句、

追風に あさぎ水仙 香り立つ

このフリージャーは和名で、”あさぎ水仙”と云います。
水仙の仲間ではありません。

水仙の日本らしい気品高い甘い香りに比べて、あさぎ水仙は熱帯の甘い親しみ深い香りがします。
「草蒸れ」の香りと「水仙」と「あさぎ水仙」の三つが入り混じることなくそよ風にかわるがわる漂ってきます。

ソメイヨシノの桜の咲く少し前の出来事です。この下の草花の出来事です。
後を引き続きラッパ水仙なども共演します。

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[14258] こでまり
福管理人
2017/02/13 10:18 - パソコン
 庭のウバメガシの周囲の垣根に沿って 真っ白な”こでまりの花”が満開です。
田舎のためか相当長い垣根です。
傍には、熊野神社の社領の「第一の鳥居」のある「熊野古道」が通っています。
ここから本格的な歴史に残る平安時代の熊野古道の山道が始まります。
海が見える高台の家の前で、「柿本人麻呂」が「てるてる姫」に送った和歌が遺っています。
そんな、静かでしっとりとした海を見下ろす高台の環境です。

こでまりに 朝雪光る 思いかな

ある天気の良い朝、窓を開けると目の前に雪が降ったのかなと一瞬思いました。

それまではちらちら程度であったのに天気が良かったのか余りに目の前の一面が真っ白であったからです。
そして、そこに朝日が当たって余計に白が引き立っています。

雪が降る筈がないのに”雪だ”と思ってしまう「不思議さ」です。
若ければ、味わない不思議な感覚に”年をとったな”と思う一瞬でした。

でも、表現が難しいのですが、「幸せ感」も混じった感覚でした。

写真館に掲載しています。

御意見や俳句が在りましたら投稿ください。

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[14257] 万両
福管理人
2017/02/09 09:33 - パソコン
 今日は万両です。但し、花の万両です。
50センチくらいの背丈の花木で先端には赤い5ミリ程度の真っ赤な花実を着けるのです。
それが束に成って下向きに着くのです。
これがきれいなのです。

上向いて着けるのが千両ですが、庭の片隅や漆喰の白の壁の傍や、その壁下の「水が溜まる小鉢」などの傍に植えられているものです。

そこで一句です。
私の「毎日の庭仕事」は夕焼け等の「日暮れの合図」で仕事を打ち切ります。


夕日受け 庭の万両 影二つ

真っ赤な夕焼けの日が、真っ赤な万両に当たり、それが後ろの漆喰の白壁に影として映り、赤っぽい「万両の影」が出来ています。

その影が、「夫婦」の様に二つ寄り添って映っているのです。

それを観て、「夫婦の人生」の「終」とは、この様なものかなとふと思ったのです。

万両は、余り自ら趣を醸し出すものでは無く、周囲との「融け込み」で趣を醸し出します。
元々、水気の多い山の谷間の日陰にある物で、よく自然美を求める「枯山水」に用いられる草花です。
目白等の小鳥が実を食べに来て、傍の水鉢の水を呑んでいます。


万両は写真館に投稿していますのでご覧ください。

万両、千両は万両科、百両はカラタチバナ科、十両は藪こうじ科、一両のありどおし科 があります。




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[14256] ヒヨドリ
福管理人
2017/02/04 15:31 - パソコン
 毎日、山懐に包まれた静かな田舎道を散歩をしています。

何時も通る路の為か慣れて仕舞って、周りの情緒の変化が入ってきません。

ある日、この散歩道をゆっくりと歩いていると、突然に、鵯(ひよどり)が、ビィー、ビィーと甲高い声で、山裾の山間の谷間に叫ぶように鳴いたのです。
そして,それが、やまびこに成って響いています。

ひよどりの 響くこだまと 今日の路

何時もなら,何の気なしに通り過ぎるのですか、今日は何か変で、天候なのか、空気なのか、自分の気分なのか、判らないのですが音楽の様な響きで聞こえるのです。

人生って、不思議な事が起こる様に、この時、若い頃の事を思い出しました。

老の散歩路の一瞬の出来事でした。




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[14255] 金木犀
福管理人
2017/01/30 10:03 - パソコン
 写真館に写真を投稿した時には、思い出に成る為に下手な俳句も詠んでいます。

今日は、庭の草取りに勢を出して、一呼吸した時の事です。

そろそろ、やめようと思ってゆっくりと立ち上がった時の事です。
それまでは何の気もせずにいたのです。

気が付いてみると、夕日が差し、その茜色の日差しが「金木犀」に当たり、何とも言えない心が落ち着ける深い色合いが眼に入ります。
ところが、この花の咲く金木犀に緑のメジロが鳴き叫んでいるのです。
何とも言えない色と光と雰囲気の調合です。

いいまでにもよくあった景色なのに新鮮で清々しい気持ちに成ったのです。
極楽浄土とはこの様なものなのかなとふと思ていました。


夕日差す 金木犀に 目白かな

熊野古道沿いの山裾の枯山水の庭に起った普通の出来事です。
(目白は三季と云われてます。)

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[14254] 連翹
福管理人
2017/01/27 11:14 - パソコン
 又、投句します。

何時も庭の手入れをしています。

この句は、主にどこでも庭の隅に植えられている珍しい庭木です。

枝の手入れは毎日の私の仕事です。何時も観る庭の景色なのに、片隅に黄金色の景色を見て、ふと思い出したのです。

父母思う 一期一会の 連翹かな

この連翹(れんぎょう・いたち)と云う木は、別名 いたち草とも云われ、イタチの毛色に似た花を枝が観えなくなるほどに満開に咲かせる花なのです。

何故,木なのに草なのかと云うと、この木は枝を長く柳の様に伸ばして地面に届くほどに延びます。
そして、地面に届くと根付きが興り、そこから芽を出し、又、「孫木」と成り成長するのです。
この様に草の様な性質を持っているので「草」と呼ばれているのです。
ところが、現実には、この枝を剪定しないと花は満開には成りません。
そして、この木の花の色は、当に黄金色で花の咲くころは葉を付けません。

これは、「人の輪廻」と同じ性質を持っている事から、「仏木」と呼ばれ、木蓮や泰山木の様に、仏の宿る木樹として扱われています。

寺などに観られる木樹です。
私は、父母との一期一会の為に、毎年、剪定をします。
この花が咲くと、父母がこの木に、又、今年も私たちを観に宿ったと懐かしく何時も思いだすのです。

そもそも、その様な趣を醸し出している木なのです。

青木氏氏の写真館に掲載しています。

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[14253] 山茶花
福管理人
2017/01/23 11:56 - パソコン
 青木氏氏の写真館の写真を撮った時に、合わせて俳句を作ったのです。

これを、又、投稿します。

  木漏れ日の 白の山茶花 生き返る。

庭の白の一重の大山茶花が、曇り空の中で 何となく死んだように元気が無いように見えていました。

ところが暫くすると、突然に日差しが現れ、その白い発光が山茶花の枝間を通して、まぶしい程にきらきらと光ります。

この白光が何と白の山茶花の花に当たり、まばゆい程の山茶花に見えたのです。
そして、その時、大輪の白の山茶花の花は生きかえった様に観えたのです。

「御来光」とはこの様な有様を云うのだと思います。

当に、諸行無常の喜怒哀楽の人生の一幕を観た様な気がしました。

”現世は諦める事は無い。人生には必ずいいことがあるよ”と。 

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[14252] 山茶花
福管理人
2017/01/21 11:45 - パソコン
 趣向を変えて俳句をつぶやきます。

   山茶花の 花のジウタン 朝の風   

下手ですが「私の人生観」を語っています。
初老の私の散歩中の出来事です。

個人的に山茶花や椿がすきなのです。
この花の持つ憂いを込めて何となく華やかで寂しげな情緒が好きなのです。

冬の朝の出来事です。
毎日、「散歩する景色」ですが、「山茶花」が「満開」が過ぎ、その「花びら」が、散歩路にバージンロードの様に赤いじゅうたんを敷き詰めた様に成っています。
そして、それが、心無くも朝の厳しい寒い風に舞い上げられています。

満開だった「垣根の赤」と、今度は「路の赤」に違和感を覚えながら歩いています。

その中を通る自分に照らして、突然に「過去の事」を思い出して、この「繋がる景色」が「初老の自分の人生」に似ている様に思ったのです。



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