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[14295] 紫薇
福管理人
2017/06/18 20:26 - パソコン
 「紫薇」は百日紅の事で、中国では宮廷の花として珍重されていました。
これが日本に伝わり、やはり皇居の人達にはもてはやされていた花です。

日本では一般には「百日紅」と呼称されますが、平安期では「紫薇]と呼称されていたもので、関西の平安文化の影響を受けた地域では、今でも「紫薇(シビ)」とも呼称されています。

そもそも、「薇」とはゼンマイの花の事で、「円熟した 優美」「子孫の守護」「夢」「秘めたる若さ」などがあり、単の花や八重の花があります。
つまり、紫のゼンマイの花としているのです。
つまりは、昔は”ゼンマイ”と云う事に大きな意味が隠されているのですね。

その為か、歌や俳句などでは「紫薇」として使われる事が多いのです。
その「趣」を最も表現できる呼称なのでしょう。
つまり、この様に「紫薇」には隠された多くの意味があると云う事ですね。

俳句には、多くの派があり隠された意味や経緯や訓等を知ることでその句の意味を伝えるという派があります。
高位な環境で詠まれる中では、この傾向が強いのです。
例えば、「宗教界」などは、「禅」と組み合わせた人生訓の俳句などがあり、「人の道]を苦労して会得した者だけがその「趣」を頭の中で察知してその句の意味を読み取り理解するというものもあります。
判らないものに執っては何を言っているのかさっぱりわからないという事に成ります。
さて、そこで一句です。

野辺に和す 紅の座敷か 紫薇の花

野辺にこの「紫薇」の花が咲き誇ります。
その花の光が枯山水の屋敷の静かな書院の座敷に入り、その部屋が紅色に成った様な錯覚に陥ります。
辺りはこの落ち花の色で染まっています。
そして、その様に違和感がないのです。
これは一体何なのであろうか、いつもの事であるのにと老施主は訝ります。

「百日紅」と云わず、別の趣に成るので、「紫薇」と云う花の持つ意味が全てを物語っているのです。
「百日紅」と云う事に成れば、次ぎの様に成るのかな。

野辺の花か 玉砂利に 百日紅

野辺に咲くゼンマイの花(薇)が飛んできてかと思えば、何と屋敷の打ち水の濡れた玉砂利に百日紅の花が落ちていた。
もう百日紅の季節かと思った瞬間であった。
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