と ■青木富太郎 ■青木智宏 ■青木智仁 ■青木智也


青木富太郎 ( とみたろう )

⇒ 1908(明治41)〜1988.8.23(昭和63)
昭和期の東洋史学者・文学博士
1933(S8)東大文学部東洋史学科卒業。同大学東洋史研究室副手ののち平凡社東洋歴史大辞典編纂主任。蒙古研究所・東亜研究所の各研究員。49高知大学兼高知高等学校教授。67〜71文理学部長(2期)。72退官し名誉教授、以後没年まで東洋史担当非常勤講師。学問的業績は、主要なものだけでも著書6、翻訳4、論文など43点を数える。一般的にはマルコ・ポーロ『東方見聞録』の訳者として知られるが、専門領域である蒙古史において、内外学界への貢献度は高い。62「蒙古家族制度史研究」により文学博士。「蒙古の法と社会に関する研究」(田山茂・坂本是忠共同)で毎日学術奨励金が与えられた。
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青木智宏 ( ともひろ )

⇒ ・めがね
・右利き
・最近疲れ気味
・最近はコボちゃんを見ることに凝っている。
・新聞は読売派だ

■青木智宏登録
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青木智仁 ( ともひと )

⇒ 1957年6月12日生 神奈川県出身
14歳でギター、16歳でベースを手にする。
美術学校在学中の19歳の時に出たYAMAHAのコンテストでベストベーシスト賞を受賞。その後プロとして活動を始める。
様々なアーティストのサポート、またスタジオミュージシャンとしても色々なレコーディングに参加する。
角松敏生のプロジェクトに於いては'82年よりツアーはもとより、殆どのアルバムに参加しており、現在も活動を共にしている。
又、'93年から5年間、渡辺貞夫グループに参加、全米、カナダ、東南アジア、ブラジルetc...のツアーに同行する。
'89年に1stソロアルバム"DOUBLE FACE"(BMGビクター)を発表する。
又、2000年に11年振りのソロとなる"EXPERIENCE"(ビクターエンタテインメント)をリリース、その年のADLIB誌のベストフュージョンアルバムに選ばれる。
またそのADLIB誌の人気投票に於いては9年連続1位(ベーシスト部門)を獲得している。

 現在のレギュラーとしては "FOUR OF A KIND" "SOURCE" 角松敏生 本田雅人 近藤房之助 Tina etc...のサポート

 主なレコーディング参加LIST
 B'zSMAP 大黒摩季 石井竜也 小柳ゆき 高橋真梨子 さだまさし SPEED Tina 佐藤竹善 杏里 中山美穂 谷村由美 DIMENSION DEEN etc...

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青木智也 ( ともや )

⇒ 1973年1月2日 旧石下町生まれ 現・常総市在住

茨城に対する世間の偏った認識を正し、茨城県民の地位向上を目指す、茨城県民の茨城県民による茨城県民のためのサイト「茨城王(イバラキング)http://www.ibaraking.com」主宰。
茨城弁、地域別茨城人の特徴について、茨城人の愛飲する練乳入り缶コーヒー「マックスコーヒー」物語、茨城のヤンキーの生態、茨城の美味しいラーメンめぐり、茨城に伝わる迷信などを掲載。
現在「茨城弁Tシャツ(てーしゃっつ)」を製作、密かなブームを巻き起こしている。
いばらきエバンジェリストとして茨城県や各市町村、県内各地のまちづくり団体などでの講演、執筆活動、マスコミへの出演を通して正しい茨城への理解を広めている。

著書「いばらぎじゃなくていばらき」「続・いばらぎじゃなくていばらき」の2冊は、茨城県民、また茨城県人を友人や親戚、上司、同僚、部下に持つ人たちのバイブルとして広く読まれている。

※茨城王に掲載されている講師紹介用プロフィール

1973年、茨城県常総市(旧石下町)に生まれる。
県立下妻一高卒後、都会に憧れて明治学院大学社会学部へ。卒後、ソフトウェアメーカーに就職し、1年半の横浜勤務をしたのち、茨城へUターン。
帰郷後は派遣社員などをする傍ら、茨城�癸韻離汽ぅ箸鯡椹悗轡曄璽爛據璽犬鯲�ち上げるが、志半ばで頚椎骨折という大事故を起こす。九死に一生を得て社会復帰を果たしてからは新たな人生観のもとでホームページを『茨城王(イバラキング)』としてリニューアルオープン。1日1000アクセスを誇る人気サイトとなる。
2004年には初の著書『いばらぎじゃなくていばらき』、2006年にはその続編にあたる『続いばらぎじゃなくていばらき』を出版。現在は執筆、講演、テレビ出演などの他、「茨城」をテーマに幅広い分野で活躍。
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