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No.29

埼玉県 北足立郡 青木村の歴史 (現川口市の一部付近)
かんりにん [本物] 2005/06/19 (日) 08:26 [ メールウェブサイト ]
1889年4月1日
青木村、下青木村、前川村が合併し 青木村へ

1933年4月1日
川口町、青木村、横曽根村(よこぞね) 南平柳村が合併し
川口市になった。
No.41

Re: 埼玉県 北足立郡 青木村の歴史 (現川口市の一部付近)
青木研究員 さん 2005/06/19 (日) 21:54
>1889年4月1日
>青木村、下青木村、前川村が合併し 青木村へ
>
>1933年4月1日
>川口町、青木村、横曽根村(よこぞね) 南平柳村が合併し
>川口市になった。
この地は私のレポートの9/14の一つの武蔵の国の北足立郡ですので、藤原秀郷流の青木氏の発祥地です。
この地に青木氏が依然として存在し、青木村が残っているのはうれしいことです。この地は坂東八平氏や鎌倉幕府の一部源氏一族と賜姓の青木氏が残っていたり、藤原秀郷流青木氏、藤原氏、進藤氏、長沼氏、長嶋氏、長谷川氏等多くの一族か混在した土地柄ですが、
平安後期には多くの戦いの場となつた所です。このような古来激戦地にありながら、藤原秀郷流青木氏が住まいしておられるということは核家族化したとは言えすばらしいと思います。
ちなみに、一括りにして坂東八平氏といいますが、この八の平氏を述べてみます。
1 千葉氏  2 長尾氏 3 上総氏、4 秩父氏、5 三浦氏、6 土肥氏、7 大庭氏、8 梶原氏 
以上が坂東八平氏です。これらが平氏一族です。この平氏一族には現代は二つの説があります。(別に記述します。)
藤原秀郷には二つの流れがあります。
1 藤原秀郷の3代後の藤原分行流。 この子孫には進藤氏と長谷川氏の2流にわかれます。
進藤氏は本家をしのぎ大勢力になりました。したがって、この進藤氏は藤原利仁から分流して利仁流進藤氏ができました。
2 分行の弟の兼光流。 この子孫には長沼氏(中沼氏)と長嶋氏(永嶋氏)と青木氏が生まれました。
青木氏はこの兼光流から出ています。中には利仁流の青木氏とする系譜がありますが、戦国時代の偏纂に拠って生まれたものです。本来は利仁流青木氏はありません。この5氏は元は血縁一族です。親類です。昔は何かあると、集まったものです。
この中に、永嶋氏には二つの氏があります。(別に記述します)
多分、源氏の移動によって更に多くの氏が存在すると思います。
氏の激戦地です。青木氏は氏姓制度の中で、下克上の戦国の中で大変子孫を遺すことに死に物狂いの苦労したと考えます。

平氏の2説のレポートと永嶋氏のレポートも読んでください。面白いところで貴方の氏と繋がっています。
自分のルーツがどの様な環境にあったかという事でルーツ調査は面白くなりますよ。

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