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No.1206

実家の青木について
滝沢まりさん 2008/02/14 (木) 22:36 [ ウェブサイト ]
実家の青木について教えて頂きたく投稿させていただきました。祖父は次男で分家し本家は長野の牧郷村現在の信州新町にあります。家紋は丸に木瓜で宗派は曹洞宗です。長野なのに家紋は土岐氏系青木氏で浄土宗ではなく曹洞宗なので第3の青木かもしれません。ですが牧郷村の歴史を調べてみると牧之島城というお城があり土岐光衝の一族の馬場美濃守が城将で宗派が曹洞宗でした。父も子供の頃に行ったきりで現在は長野を離れてしまっているので本家との付き合いが途絶えてしまっています。遠い記憶でお墓は一族が一緒の場所にあったそうです。本家も分家して本家になったそうで総本家が
あるようです。今のところここまでしかわからずお手数ですが宜しくお願いいたします。
No.1207

Re: 実家の青木について
副管理人さん 2008/02/15 (金) 13:08
>実家の青木について教えて頂きたく投稿させていただきました。祖父は次男で分家し本家は長野の牧郷村現在の信州新町にあります。家紋は丸に木瓜で宗派は曹洞宗です。長野なのに家紋は土岐氏系青木氏で浄土宗ではなく曹洞宗なので第3の青木かもしれません。ですが牧郷村の歴史を調べてみると牧之島城というお城があり土岐光衝の一族の馬場美濃守が城将で宗派が曹洞宗でした。父も子供の頃に行ったきりで現在は長野を離れてしまっているので本家との付き合いが途絶えてしまっています。遠い記憶でお墓は一族が一緒の場所にあったそうです。本家も分家して本家になったそうで総本家が
>あるようです。今のところここまでしかわからずお手数ですが宜しくお願いいたします。
丸に木瓜紋の青木さん。こんにちは。
始めまして、青木サイトにようこそお越し頂きました。
これからも同じ青木さん同士で宜しくお願いします。

さて、お尋ねの件ですが、
最初にお断りする事は家紋を除く情報の時期が新しいという事です。
先ず少なくとも、江戸初期前くらいのご先祖の情報が確保できる必要があります。
祖父でありますと、大正か明治の時期でありますから、明治の苗字令(3、8年)が出た後に成ります
のでルーツに関しての検証は無理です。

しかし、この家紋の丸に木瓜紋と宗派曹洞宗と在所の牧郷村と情報で、付随して牧の島城(土岐光衡)と成ります。
先ず家紋に付いては、本来であれば、土岐氏の分家筋と成ります。或いは。第3の青木氏が丸付き紋にして家紋を定めた。この何れかであります。
しかし、この家紋に対して、本来は浄土宗であるものが曹洞宗であります。先ず5家5流24氏の宗派の浄土宗の宗派は先ずめったに変える事はありません。氏家制度の皇族賜姓族の5家5流一種のステイタスと成っていました。従って、新しく特長ある曹洞宗と成るのは考え難いものです。
5家5流の青木氏の一つの信濃には浄土宗の寺はありますので、宗派変えする必要はありません。
次ぎに、信州(美濃?)牧郷村と牧の島城ですが、この時代の氏の発祥は疑問が残ります。
徳川氏のように、源氏を搾取偏纂したように、この時代の大名や城持ちはその家柄を良く見せる為に搾取偏纂したものが殆どです。第一、戦いに敗れて土岐氏は滅亡しています。戦いの後必ず掃討作戦を実行しますので、よほど遠縁でもなければ、子孫は残っている事は有りません。この時代はほんの少しの関わりでも家柄を良く見せる為に一族だと名乗っているのです。出なければ出世は出来ません。江戸初期はこの傾向が一種のブームと成りました。この時に搾取偏纂しました。

面白い話があります。搾取偏纂した者(上山氏が絶えた滋賀の青木氏の分家の後を名乗る)が元の本家青木氏と秀吉の前で戦いになり、結局、元の本当の青木氏が負け青木氏を奪い取られたと云う事さえ起こっているのです。史実として残っているものとして、特に青木氏に関しては皇族賜姓族であるので力の持った者が奪う事が各地(5地方)で起こりました。この時、宗派だけは過去帳を守る為に寺が認めませんので異なる宗派となってしまうのです。一寺が認めても元の本寺は当時は力がありましたので、認めませんでした。過去帳と宗派が変える事が出来ないのです。

他に例として、徳川氏も朝廷が源氏と認めなかったのです。(ありえない南北朝の頃の16代目の源氏を持ち出してきた)幕府を開くには源氏朝臣でなくては成りません。そこで徳川氏は朝廷の資金源を絶ちましたので困窮し止む無く認めるというはハップニングが怒りました。その後、征夷代将軍になるには「源氏頭領」の称号も必要ですから、さらに要求しましたが、朝廷は今度は死に物狂いで断わりました。
そこで、仲介案が出て、「源氏長者」と新しく作り、これを飲んだ史実があり、幕府は開けたのです。秀吉も農民ながら公家出身だと言い張り同じ事を太閤という位にした有名な事件もありますね。
この時期の出世武士になった者全てがこの範疇です。

明治3年に苗字令が出ますが、余り進まないので明治8年に特例法が出て、全ての国民は苗字をもつ事に徹底されましたが、村全体の全員が、ある日突然、農民や庶民が青木氏や藤原氏を名乗ると言う現象が各地で起こりました。
5家5流の青木氏には5国(伊勢、近江、美濃、信濃、甲斐)の「国府」(政庁のあった所:県庁所在地)に青木村がありますが、別のところに青木村でない青木氏が集中して沢山出来たのです。
(第1期の室町末期、第2期の江戸初期、題3期の明治初期の混乱期に起こりました)
青木氏に関しては、嵯峨期に使用禁令が出ていますので、このことは明治初期まで世間では知られていました。
(これ等のことは研究室にレポートしています)

下克上と戦国時代にこの5家5流の皇族賜姓族は下級武士や出世武士の集中的攻撃を受けて潰されました。(不入不倫の権で保護されていた伊勢青木氏などの本家筋を残して)

ですから、室町期に遡って調べなくては本当のことは判りません。

土岐氏系青木氏と云っても皇族賜姓青木氏です。氏家制度は男系社会ですので、家系が男系で無く成る事が続き土岐氏系に組み入れられたという事ですので、土岐氏の城が側にあるからと云ってその証拠となるとは限りません。上記3期のブームでむしろその逆でそれを使ったという事に成ります。
純然たる土岐氏の一族とは違います。男系が取れなかった皇族賜姓族の一族と成ります。

皇族賜姓族の宗派の重みから見て、馬場美濃守が土岐氏である曹洞宗(土岐氏が曹洞宗である事には疑問は無い)と名乗っていることもありますが、徳川氏と同じと見えます。

どうしても、搾取偏纂すると、この様にルーツ確定の条件が一致しないところが出て来るものです。
特別に極めて大きな事で宗派変えをしたとも成りますが、一人が変えても総宗本家からはじまり一族が変わらなければ何の意味も有りません。一人で変えられたとする事はそれはそのルーツの者でない事を意味します。又逆に総宗本家から曹洞宗と言う事は皇族賜姓族ではないことを意味します。
特に天智天皇から始まり光仁天皇までの第6位皇子の5家5流の皇族賜姓青木氏は藤原秀郷流青木氏と違いこの宗派には問題が出ます。先ずあり得ないことです。

末家で宗派変えがあったとすると、当時の「氏家制度」の慣習から、総宗本家から家紋の剥奪と破門取り潰しとなるでしょう。
氏全体を総宗本家が管理している社会ですので、今とは違います。本家に逆らうと家も潰されると言うことが起こる社会です。
江戸初期前のご先祖名と年代、青木村を形成する在所、本家筋の過去帳、元の美濃の浄土宗菩提寺の有無、お家かご本家筋に残る何らかのステイタス、などのことが判れば、もっと明確に検証できると考えます。

丸付き紋には6つくらいのいろいろな意味とパターンがあります。
単純には妾腹分家と女系跡目と成ります。しかし、多さから見ると一番多いのは、第3のパターンでしょう。
皇族賜姓青木氏の笹竜胆紋と藤原秀郷流青木氏の下がり藤紋は丸付き紋は使用していません。
然し、丸付き紋の方が多いのです。この確証の取れない家紋群を「未勘家紋」と言います。

お家は、もし、賜姓族であるとすると、笹竜胆紋から丸付き木瓜紋に成ったことを意味します。
女系が2代以上続くと氏家制度からみて、養子先の家紋となり、血縁的にも皇族賜姓族とは異なる事に成ります。お家或いは美濃にある筈の総宗本家ではこの間にどの程度の女系を経たかも問題です。

曹洞宗は特長ある歴史的行動を江戸時代まで採ってきました。このことから見て皇族賜姓族がこの大変に新しい宗派に変紋する事はないと見られます。あるとすると少なくとも浄土真宗と成ります。
藤原秀郷流青木氏116氏はある特定の地域でこの真宗の青木氏が多いのです。
理解される上でも、この曹洞宗の歴史的なことをお調べになるとお分かりに成ると思います。
皇族賜姓族24氏の妾腹の丸付き紋は大変少ない氏と成ります事もあわせてお考え下さい。

兎も角も上記の限定した範囲での検証ですが、書きました未確認情報をお調べになる事だと思います。
その際に、ご質問が有りましたら、ご遠慮なく生お尋ねください。お待ちしています。
No.1208

Re: 実家の青木について
滝沢まりさん 2008/02/15 (金) 17:42 [ ウェブサイト ]
色々と教えて頂きまして有り難うございました。丸に木瓜は長野で3番目に多い家紋だそうで我が実家もそんなところからきているのかもしれませんね。牧郷村は山深く交通の便も悪かったようで父は子供の頃犀川を船で渡ったそうです。そんな事もあって疎遠になってしまったのかもしれません。雪も大変多いそうで雪がとけて安全な状況になりましたらお墓参りに行って来ようと思います。曹洞宗についても勉強してみます。本当に色々と有り難うございました。モヤモヤとしていた頭がスッキリ致しました。大切なお時間さいて頂きお礼申し上げます。

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