青木氏のルーツ & 雑学研究室

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◆-ルーツの調べ方についてRe: ルーツの調べ方について

No.1222
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ルーツの調べ方について
青木○右衛門さん 2008/04/04 (金) 14:57 [ メール ]
こんにちは、以前投稿させて頂き、近江出身ではないかとお答え頂きました、その後ルーツを調べるために色々調査したのですが、いかんせん資料が無く、また東京都の区役所も数件回りましたが、古い資料は廃棄してる(勝手に廃棄するなっての)との事で調査が出来ません、そこで逆に古い資料から調べたら何か手掛かりが無いかと思います。どの様な資料を調べたら良いのかご教授頂けないでしょうか、宜しくお願いします。話は変わりますが、母親の父親(私の祖父)は福井県の金津出身で、山川と言います、元は茨城の結城氏の分家で、家康に結城氏が越前へ国替えさせられた時に付いて行ったとのそうです、そして結城氏の元は藤原秀郷だとの事です、どこかで繋がってるのですね。
No.1223
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Re: ルーツの調べ方について
副管理人さん 2008/04/04 (金) 20:58
>こんにちは、以前投稿させて頂き、近江出身ではないかとお答え頂きました、その後ルーツを調べるために色々調査したのですが、いかんせん資料が無く、また東京都の区役所も数件回りましたが、古い資料は廃棄してる(勝手に廃棄するなっての)との事で調査が出来ません、そこで逆に古い資料から調べたら何か手掛かりが無いかと思います。どの様な資料を調べたら良いのかご教授頂けないでしょうか、宜しくお願いします。話は変わりますが、母親の父親(私の祖父)は福井県の金津出身で、山川と言います、元は茨城の結城氏の分家で、家康に結城氏が越前へ国替えさせられた時に付いて行ったとのそうです、そして結城氏の元は藤原秀郷だとの事です、どこかで繋がってるのですね。

今日は。近江の青木さん。
ルーツ調べは新しい系譜からでは絶対に出ません。
そこで、次の要領でお調べ下さい。

1 大正以後の戸籍簿などからでは無理です。最低、明治初期の戸籍簿が必要です。
江戸社会の氏家制度と、明治の民主社会との境目の「戸籍簿」が先ず必要です。
ここから、本家筋に出来るだけ戻ります。
2 より近い本家筋が出たら、その土地の宗派の寺を調べます。
本家筋の寺が見付かったら、寺にある「過去帳」を調べます。
3 過去帳が出ると・・右衛門を見つけ出す事です。
古い時代(江戸中期以前)では・・右衛門を使っている筈です。その・・右衛門の最も古い人の土地を把握します。
4 ・・右衛門は・・右衛門尉とか・・右衛門佐とか書いている人を見つけます。
この尉とか佐とかに小、大が付いている場合があります。
他に、宮廷の左右とか主の門衛の近衛軍の役職がついている事があります。
例えば、民部尉等の近衛軍の役職があります。
5 少なくとも、江戸初期前から室町中期くらいまで出るとその辺で終わりです。
それ以上は史料が、よほどのことでないと下克上と戦国時代で焼き討ちに会い消滅しています。

心得
何しろより近い「本家筋」に戻る事が必要です。
3からは、ある程度の歴史の「専門的知識」が必要です。(官職や土地柄や歴史的史実など)
その知識で「推理」を立てつぶして行きます。

例えば、推理をつぶして行くには、近江の二宮氏の末裔が鳥羽に移動して稲垣氏と鳥羽氏に分かれ、この更に末裔は伊勢青木氏との血縁して四日市付近で定住し、稲垣系青木氏が生まれます。この様な知識が必要です。
そして、伊勢青木氏につながります。そこから伊勢青木氏を更に調べます。
近江であれば、近江青木氏が滋賀に移動して、滋賀青木氏が出て、更に、この滋賀青木氏は元に戻って、その後、摂津の青木氏に移動して定住します。
滋賀青木氏の絶えた分家を、伊賀の上山郷の者が立身出世して、この滋賀青木氏の絶えた分家を奪います。滋賀青木氏の本家と2度の戦いの末に、上山氏の青木氏が出ます。
この様な知識を屈指して推理を進めます。
推理が大事です。推理が立てられなければ、ルーツは出ません。
それ程、1+1=2のようにはなりません。

東京都では出ませんでしょう。新しすぎます。古い戸籍は空襲で消えています。
結城氏は藤原秀郷の朝光が千葉の結城を平家に奪われます。しかし、鎌倉幕府樹立で本領安堵で結城が朝光に戻ります。ここから、結城氏は奥羽の結城氏とに別れますが、奥羽の結城氏は豊臣側につき滅亡します。千葉の結城氏は生残り、一部は越前に移動して、徳側に血筋として結城秀康として名を馳せます。
千葉の結城氏は光圀の頃まで家来となって生き残りました。

念のため、知識の一つとして歴史をやるものとして徳川時代の系譜は当てにならない事を知っておく必要があります。先ず100%です。県の学芸員などもよく知っていることです。
この室町末期から江戸中期の情報を下にしたものからは正しい答えは出ません。
殆どの史料本はこの範疇です。

正しい知識を獲得するには、司馬遼太郎、松本清張、山本周五郎、黒岩重五、などの歴史家の「足」で調べた歴史本を多く読むことです。そうすると、その本の矛盾が判ります。
この人たちは、この当てにならない情報を排除しています。
推理を立て、それを段々と証明していますので、その推理方法を勉強してください。

先ず、そこからスタートしないと、確実な証拠がなければ無理だと思います。
現在では、単純に誰でもが調べればわかる時代ではないと思います。

その一つとして、青木氏氏のレポートも大きな知識に成りますので、先ず踏破してください。

そして、推理を立てて、その推理の立証が大事です。それには豊富な知識です。
この場合は、現在の常識からは出ません。当時の氏家制度の仕来り、掟、慣習、常識です。
これを知れば、ほんの一寸した情報が大きな答えに成ります。
例えば、現在は自由に移動できますが、当時は「国抜け」と云う掟があり、移動は自由では有りません。等の常識の違いがあります。上記の名に成っている官職にもルールがありその一つです。

役所ではなく、図書館や歴史館などの史料や学芸員などの相談なども必要です。

兎に角、分家からは無理です。本家に戻ってください。戻る事は正しい知識が必要です。戻れなければルーツはでないでしょう。
江戸中期ごろの情報を参考にしているようですが、上記した様に搾取偏纂が殆どですので多分それでは出ません。
わからない場合はお尋ねください。

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