Re: 青木氏と血縁族(家紋)-9(柏紋) 青木研究員 さん 2005/12/22 (木) 19:21 第8番目の家紋の氏は柏紋である。 この家紋は132もの紋様があり、紋様としては大きい方である。 この内青木氏の紋様の数は6家紋である。 この家紋は家紋200選に挙げられている。 有力氏である。 この青木氏の家紋は次ぎの通りである。
第1は三つ柏である。 第2は丸に三つ柏である。第1の柏紋の分家である。 第3は牧野柏である。牧野氏の家紋である。第2の紋と良く似ているが丸の太さが異なる。 第4は違い柏である。 第5は丸に蔓柏である。 第6は二つ葉蔓柏である。
これ等の氏には第1と第2には山内氏と五味氏である。 青木氏はこのいずれかとの血縁を持ち家系問題上で家紋の変紋を長い歴史の間に実行せざるを得なかったものと思われる。
第3は当然牧野氏である。 青木氏がこの牧野氏との血縁を持ち家系問題上で家紋を変紋を長い歴史の間に同様に実行せざる得なかったものと思われる。
第4は星野氏、倉橋氏、嘉納氏、横地氏、中川氏である。 この青木氏はこの何れかの氏との血縁を持ち家系問題上で家紋を変紋を長い歴史の間に此れも同様に実行せざるを得なかったものと思われる。
第5は長田氏と山本氏である。第2の丸に柏紋の青木氏が蔓紋の氏との血縁にて家系問題上で変紋を実行せざるを得ずこの青木氏の氏系譜を明らかにするために二つの家紋の組み合わせの家紋とし、長い歴史の中で起こった現象である。
第6は単独の青木氏である。 この氏は青木氏一族の神職をして二つ葉の蔓柏紋を初期の段階で定めて跡目等の問題もなく男系で維持してきた一族で、この家紋を使用している他の氏は無い。 青木氏のみである。しかし5家5流系のどの一族かは不明である。
紋様の所以は次ぎの通りである。 勿論この紋様は柏の葉を図案化したものである。 柏は奈良時代から旅に出た時はこの柏の葉に飯を盛食べたとされるものである。所謂食器の代わりにつかったもので、万葉集にも多く載せられているものである。 有名なところでは中大兄皇子(大海人皇子)(天智と天武)と皇位争いで戦い和歌山の海南市藤白峠で死んだ有間皇子のこの時に読んだ歌がある。 家に居れば飯盛るしいも草枕、旅にしあればしいの葉に盛る。(しい:柏) 解釈 柏の葉は関東と関西では異なり、関西ではこの柏の葉の役目をする葉は丸く掌くらいの大きさの葉で表面がつるとしているが、おおきくて幅広で細長い葉の柏の葉ではない。 しかし、関西では餅や握り飯を包む葉は”かしわ”と呼んで用いられている。 矢張り神聖な葉として今でも3月や5月の祝い事には扱われている。
ここで云う”椎の葉”は親指くらいの葉であり飯(いい)は盛れない。しかし、”道端にある椎の木を読み込んでの旅の情景”と”いい(飯)”と”しい(椎)”と”柏”とを架けて神聖な木を用いて心の歌の情景を詠んだものである。 歌心は”私は決して皇位を望んでいない。神聖な心である”意を含めているのである。
この意味から柏の葉は神聖なものとして神木として扱われていたので、朝廷の神職に関わる氏の家紋は柏紋としたものである。
この氏には朝廷神官職の官僚の吉田氏と、熱田神宮の千秋氏と、宗像神宮の宗像氏と、備前の吉備津神宮の大守氏がある。
他に皇族賜姓族として青木氏に関わる神職として青木氏と佐々木氏が有名である。 この青木氏や佐々木氏の氏は神職は朝廷関係の神職である。 研究室にもレポートしたが、この系統の青木氏が上記の神職関係の血縁から家系上の問題で三つ柏紋に家紋を変紋しものとみられる。 従って、この青木氏は皇族賜姓青木氏の血筋を持つ5家5流の支流青木氏の青木氏である。
当時は皇族賜姓青木氏と藤原氏との高位の氏はは専門に一族だけを祭る菩提寺と合わせて、神社をも持っていた。 この神社を自らの一族が神官として司っていた。そして、この神社は5家5流の夫々の神社があった。 藤原氏は佐々木氏の神官が多い。今でも佐々木氏の神官が藤原氏を祭る神社の神官として存在する。 藤原氏の神職が何で源氏一族と青木氏一族の血筋を持つ佐々木氏であるかは別レポートとする。
この氏らの家紋は三つ葉柏を基本としている。 上記のようにこの紋所は神職の紋所として使用されていた。しかし、後に江戸期に入って葉数や形や他の家紋との複合紋として使用されるようになったのである。 葉の数は9つまである。 そしてこの家紋を使用した氏は殆ど132氏はこの上記の神職との血縁関係からこの家紋を用いたものである。
NHKの大河ドラマの山之内氏もこの千秋氏との血縁関係からこの家紋を出世の時に用いたものである。 戦国時代をのし上がった多く者は江戸時代に家紋を定める必要から一族は自己の古い言い伝えなどから家紋を定めたものであり、その紋様に近い家紋を作った。 主要で有力な家紋200選以上の家紋はこの室町から江戸に架けての家紋である。特に江戸期には下級武士と御家人が多く定めた。 この原因の一つは江戸幕府はこれ等の武士に宗派を定めることを政治上から勧めたのである。 特に最も少なく厳格にその階級派を守ってきた浄土宗には江戸幕府は御家人の武士階級には力を入れた。 そのことから影響を受ける事で家紋を定める事にて家系の維持と尊重を推奨し政治の安定を目指したものである。
この柏紋の青木氏は5家5流の青木氏の血統を持つ支流青木氏である。 この青木氏の中には二つ葉に蔓柏紋の青木氏があるのはこの神職氏の一統である。
この様にこれらの6つの家紋の青木氏は青木氏の神社の神官職の一族で血縁関係も他の氏の神職との間で行われて子孫を拡大した。
ここの6つの青木氏の家紋は家紋掲示板に掲載する。 三つ柏の主要紋は次ぎに掲げます。
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