青木氏のルーツ & 雑学研究室

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No.386
Re: 北海道の青木
386編集 追加
>こんにちは。
>北海道の釧路に住んでます。
>父親が自分の先祖のお墓に行ってみたいと前々から言っており
>自分も興味があったので調べて一緒に行ってみたいと思い投稿させていただきました。
>祖母の話によれば、先祖は岐阜県本巣郡から北海道に移住したらしく
>実家の家系図によれば江洲甲賀城主の青木右衛門の子孫にあたるらしいです。
>家紋は2本の蓮の葉で 宗派はよくわからないんですが・・・
>管理人様、家のルーツに関して何かお分かりでしたらお教えください。
>お願いします。
北海道の青木さん 今日は。はじめまして。

当サイトに良くお越しくださいました。
さて、早速のお尋ねの件ですが、情報が大変少ないので検証が難しい事に成りますが、その点ご理解ください。

情報としては次の事に成りますが、
先祖は岐阜県巣郡である。
家系図では江州甲賀城主 青木右衛門の子孫
家紋は2本のハスの葉 「抱き蓮割紋」である事
宗派は不明

先ず、その前に判らない事がありますので、後日、便りください。
この先祖は岐阜(美濃国)ですか、ここに長く何時の時代まで定住されていたのでしょうか。
それとも江州(近江国)ですか、何時の時代の頃ですか。
美濃の青木氏と近江、滋賀の青木氏とでは異なります。

宗派が判らないということは菩提寺がわからないという事でしょうか。系譜があるということは宗派は判るはずですが。系譜は当時の時代ごとの戸籍簿としてもとより菩提寺が管理しているものを移し直して図式にしたものです。(系譜=菩提寺です)
実は、この宗派がルーツ検証の大きな決め手になるのです。

では、この文様が「抱き蓮割り紋」に付いて確実なのでその由来をお答えします。

この文様はご存知のようにお釈迦さまの座られてた台座で極楽浄土の花として仏教的、瑞祥的文様で江戸末期までその文様の使用は掟として仏教徒として厳しく誡められていました。

したがってこの文様は家紋化される事は明治初期まで絶対にありませんでした。
江戸幕府に於いても寺社奉行により取り締まられていて禁紋として御家人を始めとして一般武士にもこの文様の家紋化は有りませんでした。

その証拠にこの文様は日本の全家紋8000の中には6つしか文様としてありません。この6つのなかには明治初期の苗字令に基づき「苗字と家紋と系譜」を作る動きがありこの時にこの禁令を無視してつけたものです。

ただし、ただ一つ例外が認められていました。
それは、「寺紋」というものです。「寺」だけが使うの紋です。
この6つのいくつかは間違いなくこの寺紋です。

そこで、この寺紋ですが、皇族賜姓青木氏、藤原宗家、藤原秀郷主要5氏、藤原秀郷流青木氏などの主要9氏は自らの一族だけを祀る菩提寺を持っていました。
そして、その寺の住職は一族の者が担う事に成っていました。この青木氏一族が後にこの寺紋を家紋としたものです。

皇族賜姓青木氏の5家5流の青木氏とその24氏は勿論の事この菩提寺を持っていました。
皇族賜姓青木氏に付いては研究室の所の詳細レポートを参照して下さい。

同様に藤原秀郷流青木氏も同様に研究室に詳細にレポートしています。

この皇族賜姓青木氏5氏は伊勢青木氏、近江青木氏、美濃青木氏、信濃青木氏、甲斐青木氏がありこの一族から24氏の青木氏が出ています。
例えば、伊勢青木氏を除く、近江佐々木氏系青木氏、美濃の豪族の土岐氏系青木氏、信濃足利氏系青木氏、甲斐の武田氏系青木氏があります。
この系列から更に青木氏の末裔が広がっています。
以上で24氏がそのルーツを明確にして末裔が広がっているのです。

藤原秀郷流青木氏も主要9氏から116氏に末裔が広がりそのルーツは歴史的に確定しています。

話を戻しますと、この2ルーツの青木氏の寺の住職は青木氏です。
青木氏の寺の住職が多いのはこの理由からです。(佐々木氏もある)

この時、本来は、皇族賜姓青木氏5家5流の系列は家紋の綜紋は「笹竜胆紋」です。

藤原秀郷流青木氏の主要9氏の綜紋は「下がり藤紋」です。これが116家の家紋と成って広がっているのです。

此処で、もし、お家の先祖の発祥のところが近江又は滋賀(甲賀)地方であれば、この皇族賜姓青木氏の流を組む近江王を元祖とする青木氏となりその青木氏の代々の住職を務めて居た筈です。

したがって、その菩提寺は時代は変化しても菩提寺だけは明らかなはずです。
当然に、皇族賜姓青木氏が氏家制度に基づき入信を許されるべき宗派も明らかで限定されてきます。
少なくとも、この寺紋の青木氏の菩提寺は5つの土地に必ずあります。

ですから、江州であれば、この菩提寺は江州の国府があったところにある筈です。
御家の菩提寺は何処にあるでしょうか。

江戸中期から末期までは少なくともこの系列の菩提寺は代々同族の者に依って引き継がれてきました。

確かに近江滋賀と美濃国はいずれも5氏の皇族賜姓青木氏の土地ですので、この点での矛盾はありませんが、どちらであるかで、宗派の歴史変化に合致しているか又氏発祥の歴史上の問題があるので替わります。
どちらであるかが判ればその詳しい青木氏のルーツをレポートしたいと思います。

ですから、ここで、この元祖の土地は何処で宗派は何ということが決め手になります。

更に、ご先祖がこのお寺系列の青木氏に縁がないと成ると、明治初期の苗字令に基づく事から起こった第3の青木氏ということに成ります。

この第3の青木氏についても概略説明しますと、この皇位の青木氏と高位の藤原氏(藤原鎌足より8代目)の青木氏以外に江戸初期前後と明治初期の混乱期に2度禁令を破り、多くの苗字家紋系譜の持たない者が武士となり出世してこの3つを搾取改纂偏纂してこの高位の二つの青木氏をなのった者が多く居ます。

この時、この寺や神社に高額の金品を送り、3つの先祖を物語るものを作ってもらい証明を受けて名乗った青木氏です。したがってこのルーツには室町期以前のルーツはありません。
故に、一族だけの菩提寺の存在とその限定された宗派はなく異なってしまいます。

歴史上、この第3青木氏と名乗られた元の青木との間で江戸初期前には争いが各地で幾つも起こったのです。

さて、江戸期前後にして大変出世したこの第3青木氏が4−5人程度居ますが、御家の先祖が甲賀城主青木右衛門とする説ですが、この青木右衛門のルーツだと名乗る第3青木氏が実は比較的多いのです。
他には麻田ルーツの青木一重などもあります。

又、上山氏を名乗る者が大変に出世してそのために身分を必要となり青木氏に変更して系譜改纂搾取してその元の青木氏の総本家と2度の戦いをして青木氏を奪っています。
そして、この子孫が大変な拡大をしています。この上山氏の青木氏は近江を中心に円を描く様に分布しています。
そして、この者は近江国甲賀郡正福寺の人である事が判っています。
この子孫は正福寺と浅井郡甲賀村の永厳寺にも葬られています。
この青木氏は近江の皇族賜姓青木氏と佐々木系青木氏よりも末裔をはるかに多く残しています。
土地柄と甲賀の城という点から見るとこの子孫である可能性があります。
甲賀一円の城はこの子孫と佐々木氏の城であります。
近江賜姓佐々木氏の配下で城代を務めている子孫も居ます。
しかし、家紋が異なります。菩提寺が一致すればこの子孫です。上山氏以後の系譜ははっきりしています。


この麻田ルーツもこの子孫ではないかと見られています。
(このことは研究室にもレポートしていますし明らかにこの子孫と見られる多くの方が投稿されています。)
更にもう一氏のルーツも大変に子孫を遺しています。
だから、更に調査が必要であります。

御家は、現代「抱き蓮割紋」を家紋としていますが、禁令を破って家紋として存在しない家紋を家紋としている事には更に調査が必要に思います。

この上二つの矛盾には何かご先祖に江戸初期から中期ごろに掛けて何かが起こっていたことも考えられます。

この「抱き蓮割紋」を家紋化されたのは明治初期ですのでそれまでは寺紋ですからこの最大の矛盾を解決する必要があります。

江戸初期前後の後に作られた系譜は殆ど信用が出来ません。
豊臣氏や徳川氏を例に取るようにこの時代は全てこの搾取偏纂のブームが起こったのです。

それ以前は鎌倉時代末期からは「下克上」と「戦国時代」でこの「系譜と家紋と氏」が崩れた時代でした。
むしろ、この「氏家制度」の上位に立つ一族を滅ぼして下級と中級武士が上位に立ち社会制度を壊す目的の焼き討ちや反乱でしたからよほどの事がない限り系譜や家紋や氏を護れなかったのです。
(100%に)先ず、青木氏に関しては最高位の身分でしたので狙い撃ちにされて系譜がある事が不思議であるのです。
歴史の証拠を保護してきた特定の菩提寺も寺も勿論、焼き討ちに何度も合い消えてしまいました。
例えば私の菩提寺も3度焼き討ちに会っています。

だからこの時代後の系譜も逆に作りやすいということも起こる現象で安定した徳川初期から再び幕府は社会秩序をこの氏家制度に求めて特例を出しこの復古令と奨励令と禁止令を平行して出したのです。
この時に御家人を始めとしてのブームが起こったのです。

先ずこの付近の時代に情報が少ないので何らかの御家の変化があるのかもわかりません。
お寺の住職の系列の青木氏であれば全ての矛盾は消えます。

もし、お寺関係であるとすると約1200年程度の歴史を持つ近江滋賀の青木氏の御家と考えられます。

青木右衛門とお寺関係に結び付くものを見つけられる事が必要です。その入り口の条件は宗派と一族菩提寺です。

ほんの一寸した事柄から結び付くのがこのルーツの面白さです。
例えば、先祖の名前の特長や習慣や仕来りや伝来の宝や口伝や菩提寺の情報なども関わって来ます。
現代の常識で考えると何の価値もない物が過去には大変な事である事が多いのです。

ご質問がありましたらご遠慮なくお尋ねください。情報が少ないので充分なことにお答えする事ができませんでしたが。是非お便りください。

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