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No.1152
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Re: 先祖と宗教(キリスト教の教え−10 主題5)
副管理人さん 2007/10/29 (月) 19:13
では、キリスト教の設問として、H番の続き、Iの問題の説明に入ります。

設問
@ 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
A 教えがかなり強引である事。
B キリスト個人を神扱いにしている事。
C 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
D 人は全て悪の子供であると否定する事。

5「仏教とキリスト経の妥協の余地」
E 中間的考え(柔軟性)は無い事。
F 全体が闘争的な発想に成っている事。
G 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
H 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
I 「民族的」と言う考えを認めていない事


I番目の事です。(「民族的」と言う考えを認めていない事)
GやH番の内容で大方を説明していると思いますが、「宗教」と言うものがどう言う質を持っているかここで考えてみたいと思います。そのことで「民族的」の設問を解けるのではと考えます。

そして、それが、「民族として譲れない事」即ち、”その民族の特異性が必ずあり、且つ、取り除く事も出来ず、否定出来ない、事柄を持っている”と言う事を裏付けることが出来ます。

先ず、その前に、宗教とは、どの様な質があるかを考えて見ます。
@ 人の悩みを救うと言う質がある。 環境と衆議の力で人の「4つのみ」と「しがらみ」を解き心を癒す事が出来る。
A 人の差、即ち、人格を作る質がある。 教義を理解し、世の成立ちを知り心理を得て人の格を高めることが出来る。
B 心を沈める質がある。 黙然し念仏する事で心を冷静に保ち人の道を守る事が出来る。
C ものの「理」を知る質がある。 教義から人間社会に必要とする「理」(条理)を把握する事が出来る。
D 集団性を増幅させる質がある。 教義を基に民の心を統一して事を成す集団力を作りだす事が出来る。
E 祭祀などの宗教文化を構成する質がある。 宗教行事から祭祀を通じて民の癒しの場処を作りだす事が出来る。
F 殖産技能を発展させる質がある。 宗教行事からあらゆる技能の第一次産業を発展させる事が出来る
G 独特な軌範を造り守り高める質がある。 教義から生活の軌範(信義、徳義、道義)を造り民を導く事が出来る。
H 政治の基盤を補足する質がある。 教義から政治信条を模索して民の基盤を補足し安定させる事が出来る。
I 生活リズムを起動する質がある。 先祖、仏、神を祭祀する日々のリズムから生活を築く事が出来る。
J 病理薬事治療を治める質がある。 薬膳料理や食習慣や漢方薬などの開発や病理の解明などを進化させる事が出来る。
K 記録的事務を編集する質がある。 過去帳や歴史の史実の編集などを遺す事が出来る。
L 天象予測を成す質がある。 天と地の成り立ちを把握して気象情報などを予測する事が出来る。
M 芸術文化を育成する質がある。 宗教的な目的から絵画、工芸等の芸術を発展させる事が出来る。
以上の様な事柄が考えられます。

@からMまでの質を列記し、その注釈を記しましたが、宗教には人間社会のあらゆる場面にその力は浸透し、それが大きな基盤を担っていることが頷けます。

人の心から始まり、生活、技能、政治、工芸、芸術、科学、情報までに及んでいます。
当然、これ等は、その宗教の教義の範囲で発展して行くものである事は否めず、そこには、教義の独特な思考が大きく左右する事になります。
人間社会の多くの範囲に浸透したこの特異性は、子々孫々に引き継がれる事になり、H番の設問で記述した自然環境から来る遺伝的なもの以外に、遺伝子的伝承とするまでのものと成ります。

これを他の宗教、例えばキリスト教の教義が入ったとしても、これだけのものを変化させる力は無いと考えられます。
仮に、キリスト教に帰依するとしても、そこには「生活リズムの大きな犠牲」と、「民族の思考の歪み」を負担せねばなりません。
H番の論説と含んで、上記の事柄から遺伝子的思考からは逃れることは絶対にできません。
”遺伝子を自らの体で変える事が出来る”とはまさか言う人は居ないでしょう。
もし、居たとしたら、それは狂気とする以外にありません。

日本に居て、その遺伝子を受け継いだ者が、キリスト教を信じるという事は、遺伝子レベルから来る思考原理に歪みを負わせると言うことに成ります。
歪みを背負い信じることは自由であります。しかし、「歪み」を背負い「信じる」という行為は自然の行為とは見られません。
世界の他民族から警戒されている現象は、ここにあるのではないでしょうか。

米国では、最近ニュースでも紹介されているが、先祖を見直す事が起こっている事(青木サイトに2度4世の方から依頼があった)や、仏教に帰依する事、日本文化に親しむ事が増えているのは、真さに、教義に反発して”周囲と調和して「自然の信心」”を目指し始めているのではと考えます。

”汝 罪深き”悪の子よ 信じよ されば救われん” の教義から来る”「民族性」を軽視した”歪みを背負った信心”は一考に価するのではないでしょうか。

私は、「一考する」は教義の変更だけではなく、彼らの民族の持つ遺伝子をも変えなくてはならず、「不可能」の結論と成るのではないかと思っているのです。

もとより、「教義の良し悪し」の問題では無く、又、誤解で彼らのプライドを傷つけることにも成るので、但し、私の考え方の”周囲と調和して「自然の信心」を是とするのであれば。”を追加します。

@ 他宗を少なくとも先ずは強く排他している事。
A 教えがかなり強引である事。
B キリスト個人を神扱いにしている事。
C 兎に角にも、”先ずは信じよ”である事。
D 人は全て悪の子供であると否定する事。

@からDの「教義の違い」はある事の是非は別としても

E 中間的考え(柔軟性)は無い事。
F 全体が闘争的な発想に成っている事。
G 特定者(若い者)には受け入れられ易い合理的な教えに成っている事。
H 先祖に対する考えは全体として希薄である事。
I 「民族的」と言う考えを認めていない事。

EからIに付いては、
「先祖」、「民族性」、「非合理」、「融和」、「柔軟性」の思考は、色濃く持つ事の是非の論議にもなりますが、ともあれ、我々日本人には、生活習慣の真底まで浸透したものである事だけは、(余りの当然性の為に無意識となり、)否めない事実であると思います。

以上、「人−仏(先祖)−神」の「先祖」というものに対して、キリスト教と対比させて、「仏教」をクローズアップさせて論文を進めてきました。
但し、キリスト教を低く評価するものではなく、「仏教」と「違う」という事を科学的論処と含めて明確にしたものです。

「先祖と宗教」論文を何とか、その位置付けをご理解いただけたでしょうか。

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