青木氏のルーツ & 雑学研究室

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◆-ルーツについてRe: ルーツについて

No.176
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ルーツについて
山形の青木さん 2006/01/27 (金) 01:13
初めまして。山形の南陽市に住んでいる青木です。 

前から家のルーツに興味があったのですが、なかなか知る機会が無く、資料もないということで苦労していました。

今日このサイトを拝見させていただき、自分の住んでいる南陽市は青木発祥の地らしいということまではわかったのですが、まだいまいちわからないことがあるので質問させていただきます。



家の家紋は「丸に片喰紋」なのですがこれは山形の青木姓では少ないの家紋らしいと聞いたのですがどうなんでしょうか?またこれは藤原秀郷流なのでしょうか?
先祖は前々からこの地で医者をやっていたと聞いているので引っ越してきたというわけではないみたいです。また地主だったとも聞いているのですがそういうことも何か関係があるのでしょうか?御教授よろしくお願いします。
No.177
 引用付き返信 | 返信 | 削除 | 管理

Re: ルーツについて
青木研究員 さん 2006/01/27 (金) 20:35
>初めまして。山形の南陽市に住んでいる青木です。 
>
>前から家のルーツに興味があったのですが、なかなか知る機会が無く、資料もないということで苦労していました。
>
>今日このサイトを拝見させていただき、自分の住んでいる南陽市は青木発祥の地らしいということまではわかったのですが、まだいまいちわからないことがあるので質問させていただきます。
>
>
>
>家の家紋は「丸に片喰紋」なのですが、これは山形の青木姓では少ないの家紋らしいと聞いたのですがどうなんでしょうか?またこれは藤原秀郷流なのでしょうか?
>先祖は前々からこの地で医者をやっていたと聞いているので引っ越してきたというわけではないみたいです。また地主だったとも聞いているのですがそういうことも何か関係があるのでしょうか?御教授よろしくお願いします。
山形の青木さん 始めまして。今日は。
早速ですが、お尋ねの件ですが、

地名のデーターベースのところには南陽市は藤原秀郷流青木氏が定住していました。
しかし、この一族は家紋がお家の家紋と異なります。
お家の家紋は「丸に片喰紋」ですので、同じく藤原秀郷流青木氏の片喰紋の5氏のうちの一つです。

研究室のサイトの「青木氏と血縁族」の片喰紋のところに詳しくレポートしていますので一読下さい。

又、家紋掲示板のサイトの「片喰紋」のところも一読ください。

お家の家紋の事がレポートしています。

更に藤原秀郷流青木氏のことに付いては研究室のサイトの「藤原秀郷一族の生き方」のところを一読してください。
お家のルーツの詳しいことがレポートしています。

そして、次ぎに研究室のサイトのルーツ調査依頼の「四国の青木さん」と「八王子の青木さん」のレポートもお読みください。
そうすると、お家の藤原秀郷流青木氏の縁者関係の一族のこともわかると思います。

そもそも、藤原秀郷流青木氏の主要9氏からは116氏に広がりました。この広がった中の一族ですが、元はこの9氏の持つ家紋から男系相続が出来ずに
養子や婿取りなどの方法で「家紋掟」により変紋を余儀なくされ段々と家紋の違う藤原秀郷流青木氏が生まれました。

元は大化改新の藤原鎌足より8代目の藤原秀郷が「平の将門の乱」を鎮めた勲功で下野と武蔵の国の守護となり、あわせて朝廷より公家の身分を与えられました。

この時、武蔵の国と下野の国を護るために公家は武力を行使する事はできませんので、そこで自分の子供の第3番目の千国を武士にして武力集団を作りました。
此れは、藤原秀郷流青木氏とは別のもう一つの流れの青木氏、つまり皇族賜姓青木氏が大化の改新時の時から発祥しましたがこの方式を真似たものです。
この方式とは継ぎの通りです。
蘇我氏に危なく政権を奪われそうになつていた大化の改新前の時の弱体化した天皇家における体制の反省からねいくつかの改革をおこないました。
その中の一つとして次ぎのことが行われたのです。
武力的に弱いことと、天皇家を維持するに余りにも経済的に負担がかかりすぎていたこと、経済的に蘇我氏に握られていたことなどがありました。

これを解決する手段として、この時、天皇を護る身内の親衛隊を造る目的から天智天皇の第6位皇子をこの役目にすることをきめました。

(同時に34人もの皇子達に掛かる経済的負担の軽減にもなる事からも第7位以降の皇子の皇位を外し比叡山などの門跡僧として移しました。)

この時に親衛隊として武力を持つために第6位皇子には侍にして臣下させ、その者に天皇自ら氏姓をあたえました。これが皇族賜姓青木氏です。この青木氏は続く4代の天皇にも引き継がれました。天智天皇の第6位皇子は伊勢の青木氏です。光仁天皇までの5代に引き継がれました。しかし、賜姓青木氏の勢力拡大などの理由等もあって、この方式を嫌った6代後の次ぎの桓武天皇は自分の母方の親(渡来人の後漢の阿多倍王)の大功績を認めてこの者に賜姓しました。
しかし、この後、子供の嵯峨天皇はこの方式を元に戻しました。
そこで、親のやったことを否定することになるので賜姓を青木氏から源氏と変名しました。そして、この青木氏を皇族の第7位以降の皇子が皇位を外れるときは青木氏を名乗ることに規則を変更しました。以後皇位以外の者が青木氏を名乗ることを詔で禁止しました。この規則は江戸時代までつづきました。
この青木氏は伊勢の青木氏を除く4系列の青木氏は全ては母方は藤原氏の血筋です。
此処で、皇族賜姓青木氏とは母方で縁者に当るため藤原の秀郷は朝廷の許可を得て、この方式を踏襲したのです。
これが藤原秀郷流青木氏です。この藤原秀郷流青木氏は千国より以降2度の男系が維持できずに総宗本家から跡目を受けて青木氏の相続を行っています。

この藤原秀郷の一族の者は朝廷の命にて1192年までの間に24の国と土地に守護またはそれに類する官職につき赴任しました。

この赴任先に護衛団としてつき従いました。
つまり、藤原秀郷流青木氏は総宗本家の赴任先にその護衛役として付き従いました。この青木氏の嫡子以外の者つまり分家筋の者はその土地の豪族との血縁を持ち、その地に定着し多くの子孫を遺し藤原秀郷の一族の勢力範囲の拡大をはかりました。

貴方のお家はこの一つの一族で中部地方から関西方面に移動しました。
この時に、片喰一族と血縁を結びました。
この一族の更に分家(嫡子外)の「丸に片喰紋」の一族です。
推測では中部地方の藤原秀郷流青木氏と見られます。

地名データぺースの愛知付近のところのレポートをお読みください。

しかし、この勢力も鎌倉幕府の樹立で藤原秀郷の一族とそれに付き従った子孫の青木氏はこの時、各地に離散して失職しました。

縁故を頼り各地の鎌倉幕府の地頭や御家人になった豪族に仕官しました。

この時、お家は関西方面(中部方面)から身内の多い山形方面や新潟方面に縁故を頼り移動したと見られます。縁故が多いためにまた頼朝に味方して御家人となった者が居て多くはこの方面に移動しています。

その後、戦国時代を経て再び離散しています。

お家は1350年頃からと1650年頃との間にどちらかの時期に移動したと考えられます。
地主との事ですから、前記ではその地位を確保できるのはこの時代の混乱期ではまだ力のある時期で、移動してきたとしても可能と思いますのでありうる事と思います。
地主で医者とすると当時の慣習からある程度の勢力を持った一族であつたと見られます。
移動も家来と共にこの一族集団で移動していたと考えられます。
元もは武力集団ですのでその力が当初より備わっていたと考えられます。
移動後もこの力を利用して土地を確保したものと推測します。

後者の時期は国の世情から見てかなり難しいものと思います。
確定できませんが、前記のものと思います。

南陽市付近は青木村がありますが、その一族とはなんらかの関係するものがあつた筈です。
といいますのも、この当時は血縁は同家柄との婚姻を主としていますので、同族の他の藤原氏または青木氏との血縁を結んでおりましたので、お家もこの南陽市付近の他の家紋の持つ青木氏との血縁を結んでいる可能性は非常に高いと見られます。
藤原氏は家柄は皇族賜姓青木氏に継ぎ高位でしたので家柄という点では他の同族関係者との血縁以外には少なかったはずです。特に氏姓制度の社会体制のなかでは。
別の情報がないので確定はいたしかねますが、何でも結構ですが、知っている事を又判りましたらお伝えください。
確定要素として使用できることにもなりますので。

先ずは、レポートをお読みになってからお調べください。その内容で又調べることが出来ると思います。

宗派は何でその菩提寺はどこでしょうか。菩提寺の過去帳に系譜が途中で変化する等の現象がないか。縁者の中に家紋の違う青木氏が居たり、遺物に何か物語るものがないか等です

では又ご質問をお待ちしています。

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